先日ツイッターのタイムラインで流れて来た記事を読んで、ブティックエフェクター/ペダル(この言語感覚もおかしいとは思う)界隈は、記事の言葉を借りれば「ブティックODペダルの世界 -ステマという名のデカくて湯気の立ったクソの山」って事が大変良く解る良記事でした。
Gear Otaku: コラム:クレイ・ジョーンズが語るジョン・ランドグラフとボブ・バートの真実、そして日本のブティックペダル市場の夜明け 前編
http://gear-otaku.blogspot.jp/2015/02/clay-jones-john-landgraff-bob-burt.html記事の内容を掻い摘んで言うと、「日本製(設計)エフェクタの回路の部品を数個取り換え、違うケースに入れただけでオリジナルエフェクタとして販売していた。しかもそれを音が良いと言って有難がって買う人たちが沢山いた」と言った所。詳しくは実際の記事を参照いただきたい所です。
界隈一連の連中については、売る側がかなり分が悪い様で、回路開発のイニシャルコストを一式、言葉は悪いですが盗んでる訳ですから。
後、彼らの販売プロモーションの手法が所謂ステマを使った事と、高名な誰かがデモンストレイターを務め、世界的に評判になった体のペダルを貶す事が心情的になかなか出来ないギタリストの心理へ、巧みに催眠を掛けて高額で売りさばく商売で有ると言う事。
またランド●ラフに至っては、実装がとんでもないので(気になる方は画像検索してみて下さい)、不調をきたした2台ほど過去に完バラの上組み直し修理の依頼を受けた事がありました。それでもシリアルが若いと中古市場で15万位するらしいですから、なかなかのものです。彼らがパクる大元になったエフェクタは日本製で1万円前後なのにも関わらず。
技術はその内容と原価に応じて適正な価格でなければならない等と言う気はさらさら有りませんし、見習うべき点は営業マンとしては無くはないけれど、この流れには違和感を覚える事は確かです。
こういった流れを見るにつけ、私はこれらの筋から一定の距離を置き、技術屋として可能な限り自分のオリジナルな回路をクリエイトして、あくまでプレーヤーから求められる様な物を作って行きたいと考えております。
多くのプレーヤーさんはクリエイターとして血の滲むような努力でステージに立っているのに、それを支える技術屋が回路丸パクリなんてのは。。やっぱりちょっとどうかと。ただビジネスとしてはそう簡単ではない事も、一方では一端のビジネスマンで有る身の上の経験からも重々承知してますし、この登場人物すべてが様々なビジネス観と得意分野を持っている事は想像に容易いです。その分、拗れると問題解決の技法がどうであれ遺恨は残ると言った感じ。
ここまで長く書きましたが、本題は先日発売したIRPハンドメイドエフェクターは、ネットに落ちていた回路図とパターンをパクって組んだ物では有りません。と言う事。
これらはちゃんと自主設計でして、ネタばらしをしますとファズ以外の回路の中身は電気回路に詳しい方からしたら、なんて事は無い汎用8ピンIC非反転増幅回路にフィルターを上手く追加し、尚且つ電源の低インピーダンス化を一つのICで行った、、、電気回路の教科書を切り貼りして、楽器の入出力を可能にしただけの誠に品行方正なオリジナル回路です。それらを構成する受動素子の定数もちゃんと計算式に基づいて割り出してあります。
ファズについては、定義があいまいなので簡単な説明を。
汎用のトランジスタ2石を使い、2段の増幅回路を設計しました。使う電源にもよりますが、1段目でhfeギリギリまでの増幅量を持たせて非反転増幅回路とし、2段目ではフィルタリングと増幅を行うようにしました。但し、2段目は敢えて反転増幅回路を使い、終段からネガティブフィードバック回路を伝わって、1段目に音声信号を戻した際に、一段目とは反転した音声信号を戻す事で、所謂交流信号がフェイズして周波数特性が無茶苦茶になる事を利用したファズです。このネガティブフィードバック量の調整を実機では一つのノブに集約し、フィードバックコントロールと言う言葉で表現しました。ある種のトーンコントローラーともいえます。また内部には出力量をコントロール出来るVOをトリムで内蔵しており、全開にするとそれはそれは壮絶なファズになります。
これも元々はトランジスタの教科書記載の古典的な回路を参考に、如何に音を無茶苦茶にできるかを実験していて出来た物です。勿論参考にしたい楽曲が有ったのですが、レコーディングデータが無くどんな回路かも想像がつかない為、手探りで作りました。
上記の二パターンの製品において、共通する電気回路の教科書からの引用について、それすらもパクリと仰られる方がいたならば、恐らく私とは永遠に話はかみ合わないでしょう。
これら教本は結局の所、基礎技術解説のための資料です。それらはある種、学習/商用利用される前提の物で有り、それを用途により最適化するのが各々技術屋の仕事として我々が持っていなければならない基礎的教養の様な物と考えております。
なぜならトランジスタやICの動作原理も知らずにオリジナルと呼べる回路を作る事は常人では不可能と言えます。周囲の部品だけを理屈抜きでやみくもに交換してどうこうなんていうのはナンセンスですし、運が悪いと他に繋ぐ機器を破壊してしまいます。ですので、そう言ったフェイセルケアの面からも電気回路の教科書からの引用は、それが各用途に最適化されている場合においては回路開発の正道と考えます。又その教科書を著した著者の方へは最大限のリスペクトを常に抱いております。
話を戻し、件の記事に出てくる登場人物からは、一方の話だけで判断する訳ではないのですが、その原典の設計者へのリスペクトを(多少ヒロイック気味に語るクレイジョーンズ氏を除いて)感じられない所が違和感の核心ですね。。。
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後はエフェクタに限らず、自作文化が盛り上がる事は物凄く正しいと個人的には思っている所もあり、少なくとも我々の様なアナログ回路を弄る人間にとって、部品の入手性が高くなる事は誠に喜ばしい半面、ネット上に溢れたあらゆる既存の回路図や基板パターンを流用し、元の記事の言葉を借りれば第二、第三のガチョウが生まれる事も今後もまた必ず有るという危惧もあります。
これらのコピー品の歴史を紐解いていくと、私が知る限りでも該当する事案がかなり多く、古くは●社がM社の製品の回路を無断コピーの上、輸出で多大な利益を得、世界的企業になった例なども有り、この問題は根がかなり深いのです。コンプライアンスなどと言う言葉も生まれる遥か昔の話ではありますが。(それはそうと●社は最近、大リストラが有ったそうですが、今後は一体どこに向かっていくのでしょうね)
韓国/中国のコピー品問題を笑えない日本の楽器業界の過去の暗部ともいえます。
そも楽器本体からしてそうで、ストラトやレスポールのコピーなどなど枚挙にいとまが有りません。又、これらのコピー品訴訟関係の資料なんかは結構面白くて、ついつい収集して紙資料として暇な時に目を通すのですが、時系列が理解できると、その後の着地点なんかを見るにつけ、中々楽器業界はある種独特でダーティーな側面を持っている事に気づかされます。これらの事案の参加プレーヤーが全てミュージシャン気質と言うのも面白さに拍車を掛けているように思います。
ご興味のある方は一度ネット上の情報と裁判記録などを閲覧してみて下さい。
話を本道に戻しますと、世界は有る側面ではビジネス上の数字が全てです。その数字を達成する為に誰が何をするのか、したのか、買う側にもそれなりのリテラシーと確かな耳と判断力を持っていてほしいと切に願う次第です。「1万円or15万円」価値観は人それぞれですがお金は有限です。
ですのでもしIRPのエフェクタが沢山の方の指示を得、販売数が伸び、商品寿命が尽きるまでこの形で長くサバイブ出来ていけば、それはとても幸せな事だと思っています。色々な点でアイヴィー楽器様の方でもご理解が有る担当者様に恵まれ、販売に際し、適正な価格設定をして頂いているようですので、寧ろ健康的且つ理想的な関係で有ると感謝の念しか有りません。
こう言った記事が出る度に、IRPの奴も何かのパクリなんだろう?と勘繰られるのが嫌でここまでは走り書きしてみました。
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これは余談と言うか個人的な思い出話ですが、、
もう随分古い話で、ご本人が存命かどうかも解りませんけれど、一番最初に電気回路の手ほどきを受けた方が元々ヤマハの開発&リペアマン、今でいうA&R担当だったとの事で、30年ぐらい前には製品の開発をやっていらしたそうです。
この記事を読んで、彼曰く、「楽器業界の電気は殆どパクリや。それ以外何にもない。」等と身も蓋もない事を言っていたと共に、同じパクリでも教科書からの引用は所詮基礎技術にしかすぎず、そのままでは楽器用途に転用できません。それを楽器に最適化する過程で計算や波形を調整する事など、知的な作業を伴うので、唯一認めると言う旨の事もおっしゃってました。
その頃、彼の住居兼作業場で酒を飲みながらシミュレーテッドインダクタ回路(EQ)や、真空管とFETついて講義を受けたりして、、、
諸般の事情でそんなに長い付き合いでは有りませんでしたが、今思えば非常に密度の有る良い時間を今回の記事を書きながら懐かしんでしまいました。私は極めて不出来な弟子でしたがね。
多分、私の電気回路に対する考え方の基本はこの方から学んだのだと改めて思い出した次第。
彼がヤマハで開発した物がなんであったかは聞きそびれて、以降永遠の謎となってしまいましたが、きっと良い物を作っていたのではないかと今となっては思うのです。そんな市井には沢山の不世出の技術者がいた事を忘れ無い様に個人的なメモとして。